今年のベストは「『テヘランでロリータを読む』からの一連の読書体験」。

今年も去年とほとんど同じ、65冊しか読めなかった。苦しい。

今年は後述の英文学を除くとSFとミステリばかり読んでいたような気がする。

SF部門:世界の終わりの天文台

https://www.amazon.co.jp/dp/4488014631

SFではこれかな。ツインスター・サイクロン・ランナウェイ2プロジェクト・ヘイル・メアリーもかなりよかったが、一番はこっち。

やはり終末SFが一番グッとくる。渚にてもめちゃくちゃよかった。

ミステリ部門:なし

いっぱい読んでどれもかなり面白かったんだけどこれ!!と選ぶのは難しい。

名探偵のいけにえは話の持っていき方やキャラ立てがかなり好みだった。爆弾 もかなり良かったし、ビブリオフィリアの乙女たちもめちゃくちゃ良い百合だった。 あの本は読まれているかもよかったし、おまえの罪を自白しろも真保裕一らしい安心感にあふれていてすばらしい。近藤史恵のサクリファイスシリーズもよかった。

ミステリなので内容に触れるのが憚られ、書けることがないが、良い本をいっぱい読んで良い年だったとは思う。

文学部門:「テヘランでロリータを読む」からの一連の読書体験

なんか最近の世界遺産の名前みたいになった。今年は、これです。

まずナフィーシーのテヘランでロリータを読むを読んだ。これは英文学者である筆者がイランで教鞭を執っていたときに教え子の女子学生たちと秘密の読書会をしていた頃のエピソードを通して、イスラーム革命前後のイランにおける英文学および女子学生への過酷な抑圧が描かれている。そして同時に文学あるいは人間の創造力のもつ自由さ、力強さへの期待が示されている。

筆者にも教え子たちにもそれぞれ過酷なバックグラウンドや体験があり、革命後のイランの状況が窺い知れる。3ヶ月ほど前からイランで反体制デモが起こっているいま、再度読みたい、そして勧めたい本である。その中の

できればニューヨーク訛りで、知的で、『ギャツビー』とハーゲンダッツのよさがわかり、マイク・ゴールドの描いたロウアー・イーストサイドを知る人と話したくてしょうがなかった。

という一節が妙に印象に残っていて、作中で触れられている「ギャツビー」(もちろん華麗なるギャツビーのこと)とマイク・ゴールドの「金のないユダヤ人」を読んだ。前者は容易に手に入るが、後者は92年に訳書が出て以来完全に絶版になっているようで、手に入らず図書館で借りて読んだ。どちらもナフィーシーに言わせればアメリカの夢を描いている。そしてどちらも成功者と夢破れた人が出てきて、ある意味では現代のアメリカのイメージに通ずるところもあるが、当時の方がよりパワフルというか、原始的というか、身も蓋もない言い方をすれば貧富の差が大きかったのだろうと思う。表裏一体のような作品でとてもおもしろかった。

テヘランでロリータを読むの章立てとしては「ロリータ」「ギャツビー」「ジェイムズ」「オースティン」となっており、つまりナボコフのロリータ、ギャツビー、ヘンリー・ジェイムズ、ジェーン・オースティンが登場する。オースティンの高慢と偏見は読んだことがあり、ギャツビーも読んだので次はジェイムズの「ワシントン・スクエア」を読んだ。

今回読んだ一連の作品で一番おもしろかったのがこのワシントン・スクエアだった。日常の描写を丁寧に行って人間の魅力やおもしろさを浮かび上がらせる小説という点でオースティンの高慢と偏見と同じところがある(オースティン曰く「田舎の三、四軒の家族こそが小説の格好の題材」とのことで、類似性がある)と思う。ワシントン・スクエアはニューヨークの話なので大都会ではあるのだが、ストーリーは家族に閉じた内容といえる。いわゆる大した事件が起こらないのにおもしろい類の小説で、当初は器量のよくない愚鈍な娘として描写される主人公が魅力的に成長する人物・心情描写が白眉である。また随所にちりばめられているユーモアも良い。

といったように「テヘランでロリータを読む」から始まった一連の文学体験はとてもよかったので、2022年はこれをベストの体験として締めくくりたい。こういった文学作品は読むのに技術書と似たようなタイプのパワーがいるのでそうそうできることではないが、ここからしか得られない栄養素がある。

来年もたくさん本を読んで豊かな体験ができますように。