これは低温調理Advent Calendarの17日目の記事です、が、全然埋まっていないのでおそらく6つ目かそこらの記事になることでしょう。さみしいので、だれか書いてください。 さてこんにちは、naotacoです。自称低温調理サークル主宰で、同人誌を書いています。先日の技術書典3で出した「Effective 肉の固さ測定」では、肉の固さを剪断応力という指標をもって定量的に測定する方法について説明し、実例として豚肉の固さを測定しました[ref]気になる人は買って読んでくれ[/ref]。ちょうどそのときの機械とノウハウがありますので[ref]私の好きなヘルシングという漫画に「目的の為ならば手段を選ぶな。君主論の初歩だそうだがそんなことは知らないね。(中略)世の中には手段のためなら目的を選ばないという様などうしようもない連中も確実に存在するのだ。つまりは、とどのつまりは我々のような」という名台詞があります。そういうことです。[/ref]、今回は肉の固さを測定することをもって低温調理について考えます。

自作の剪断応力測定器

豚肉についてはある程度見切ったという気持ち(思い上がり)があるので、読者の方の疑問[ref]

[/ref]にお答えするため鶏もも肉の低温調理時間について検討します。

仮説

詳しいことは以前の同人誌を読んで頂きたいのですが、豚肉のような肉は長時間の加熱により肉が軟化することがあります(コラーゲンの変性による)。他方、鶏もも肉はあまり長時間加熱しても柔らかくならず、どちらかというと固くパサついていく傾向にあります。豚肉のようにとろとろにはならないのです。このことからすると、鶏もも肉を低温調理する場合も長時間の加熱はあまり肉のやわらかさに寄与しないと考えられます。「鶏もも肉の固さは低温調理の時間を長くしても変わらない」という仮説を実験で確かめていきましょう。

手法

  1. 鶏もも肉を4枚買ってくる
  2. 皮をむき、皮だけ焼いて食べる
  3. 肉を幅10mm, 厚さ10mmになるよう短冊状に切る
  4. ジップロックに肉のみを入れ、65℃で低温調理を開始する
  5. 1時間ごとに肉の1/5を取り出し、剪断応力を測定する
  6. 細切れになった鶏肉でコンソメスープを作る

食べるところはよいとして、肉を所定のサイズ(断面積)になるよう切り出すのが最も大変な工程になります。以前に豚肉で測定したときも大きさがばらついて苦労しましたが、今回は鶏肉なのでなおさら均質な資料を確保するのは困難です。無理なことは諦めて、「できるだけ」大きさをそろえて切り、あとはサンプル数でカバーする方向でいくしかなさそうです。今回は全部で50片の試料が得られたので、1時間ごとに10本程度を測定しました(1本で数回測定可能)。

上のグラフは調理中の水温です。最初に大きく水温が低下しているのが肉を投入したところで、そこから20分ほどかけて水温が65度に復帰しています。この地点から時間を計り始め、1時間ごとに測定をしました。ただし、2時間後の測定のあと寝落ちしたため、間隔が狂っています。実際の測定タイミングは1時間後、2時間後、3.5時間後、4.5時間後、5.5時間後です。グラフの横軸を見ればわかりますが、真夜中に実施せざるを得なかったのが敗因です。

自作の雑な機械で、刃が一定の速度で降りてくる間に記録された重量を剪断応力として記録します。

測定の様子

当然これは時系列で変化する値ですが、1回の剪断の間の最大の負荷を最大剪断応力とし、測定を代表する値として扱うことにします。ある1回の測定結果を次のグラフに示しますが、このときの最大剪断応力は921gです。

測定結果。横軸は時間(ms)、縦軸は剪断応力(g)

ちなみに以前読んだ論文[ref]「加熱後の鶏肉への生姜搾汁添加と温蔵過程が結合組織コラーゲンとテクスチャーに及ぼす影響」 杉山寿美 他. 日本調理科学会誌Vol. 43,No. 3,192~200(2010)[/ref]では「3 mm×3 mm×15 mm に整形し,剪断速度10 mm/min で測定,最大荷重を剪断強度とした」としており、かなり小さく切っていることがわかります。鶏もも肉の形状を考えると大きい試料が取りづらいからだと思われますが、私の環境ではこれをそのまま適用するわけにはいきません。測定器に使っているロードセルが最大負荷10kgのもので、測定ばらつきがσ=9g程度であるため、加重が小さくなると誤差が相対的に大きくなるからです。断面積が9mm^2だとすると私の今回の環境の1/10以下になるので、測定値も1/10以下になると思われます。1kgあるいは数百gオーダーのロードセルを使うべきでしょう。今回は機材をそのまま使っているので、試料も10mmx10mmに切り出しました。

結果

そろそろお読みの方々も飽きてきた頃かと思いますので結論から出すと、各時間の各測定結果の最大剪断応力の平均は次のグラフのようになりました。(エラーバーは標準誤差)。

1時間後の数値とT検定をしたときに、4.5時間の平均値のみが有意傾向(p≒0.06)でしたが、他はさっぱりです。総じて有意に柔らかくなっているとは言えそうにありませんね。そもそも今回はそれぞれの回の測定値の標準偏差が50g~90g程度あり、豚肉を測定したときの倍程度のばらつきになってしまっています。これは肉の形状を均一にできなかったことと、筋が混入したものとしていないものの2パターンに分かれたことが原因だと考えています。

各回の全結果の最大剪断応力

上のグラフは左端が1時間、右端が5.5時間で、全結果の最大剪断応力を雑に棒グラフにしたものです。これをみると、筋が含まれているものとそうでないものの2群に分かれそうな気もします。筋の部分は長時間の低温調理で柔らかくなる可能性が高く、時間が経つと各回の最大の値が小さくなっていっているのも筋が通っています(筋だけに)。とはいえこれを論じるにはサンプル数が少なすぎる上、試料のばらつきが大きすぎるでしょう。

剪断応力の観点からは、「1時間を超えて低温調理をしても有意に柔らかくなるとは言い切れない」というところでしょうか。少しずつ柔らかくなっているような気もしますが……。

調理手法の検討としての結論

剪断応力が大差ない(あるいは微妙に減少傾向)ことはわかりましたが、実際の食感はどうなのでしょうか。

私はこの測定をしているとき、測定が終わった肉をその都度食べて確認していました(味がないので正直つらい)。その感覚から言うと、1時間がもっともジューシーでおいしく、そこから徐々に水分が失われてパサついていく一方でした。たしかに時間が経つと筋っぽい弾力がなくサクッと噛み切りやすい方向にいきます。これは剪断応力が小さい状態でしょうが、ジューシーな状態ではありません。鶏もも肉は最初の状態でも十分やわらかい(100mm^2で1000g程度の剪断応力はやわらかく感じられる数値です)というのもあり、最初の方がおいしかったというのが感想です。

総合すると鶏もも肉の低温調理はあまり長くしすぎず、1-2時間程度で食べるのが最もよいと思います(安全性が確保できる程度の時間は調理しなくてはなりませんが)。

ただし、今回は短冊状に切った肉を測定していることもあり、もも肉を1枚まるごと加熱した場合とは状況が異なる可能性があります。熱と固さの関係はあまり変わらないと思いますが、切っていない状態だと失われる水分は少なく抑えられるのではないでしょうか。このような意味ではもう少し長くてもいけるかもしれません。

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また、次回作のネタも募集中です。あれが知りたいこれが測定したい、など。もっと言うと自分で記事を書いて持ってきてくれるのがベストです。